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津地方裁判所 昭和41年(行ウ)2号 判決 1971年4月01日

原告 伊藤春義 外一名

被告 三重県

訴訟代理人 中村盛雄 外五名

主文

原告らの請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告ら

「被告は原告伊藤春義に対し金九〇万円、同伊藤ますよに対し金一〇万円および右各金員に対する昭和四一年一〇月六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

二、被告

主文同旨の判決

第二ないし第五、<省略>

理由

一、請求原因一は当事者間に争いがない。

二、そこで本件入院命令が出された経緯について検討する。

<証拠省略>によると、原告春義は昭和二八年頃から精神に異常をきたし、治療のため数回にわたつて精神病院に入院し、昭和三七年頃完治しないまま退院したが、その後も近所の家に出かけては、大声で怒鳴つたり、「火をつけてやる」等の暴言をはき、また、たばこの吸殻の火を消さないで所かまわず捨てたりしたため、近所の住民は不安を感じ、木曽岬村役場、木曽岬村駐在所や原告春義の叔父坂野新一のもとへ苦情を申し入れ、右坂野は、その都度「病人のことだから大目に見てほしい。」と謝る一方、原告春義の義兄である浅井清治、原告春義の妻である原告ますよと措置入院の手続のことを話し合つたこともあつたところ、昭和四〇年一一月二八日頃、近所の住民から「火事にでもなつたら大変だからなんとかしてくれ。」と原告春義の保護について強く苦情を申し込まれたので、翌二九日午前九時頃木曽岬村役場に赴き、同村村長、衛生主任古村登等に、原告春義に対し措置入院の手続をとつてもらいたい旨申込んだこと、そこで右古村衛生主任は、同日桑名保健所に赴き、保健係長野沢多門に対し、原告春義が近所の者に対し大声で怒鳴つたりして精神障害の疑があるから診療及び必要な保護をしてもらいたい旨申請し、右野沢保健係長は電話で三重県衛生部にその旨を伝えたところ、同部精神衛生係長北川大典は、右野沢保健係長に翌三〇日午前一〇時頃から原告ら宅において原告春義を精神衛生鑑定医宮内康雄他一名に診察させるから、原告春義の保護者にその旨連絡するよう指示し、右指示を受けた右野沢保健係長は、これを前記古村衛生主任に依頼し、右古村衛生主任はこれを前記坂野および同浅井に依頼したが、右両名は、かつて原告春義が精神病院への入院を嫌つて逃げ出したことがあるので、今回も原告春義が精神衛生鑑定医から診察を受けることを知ると逃げ出すかも知れないと考え、同日連絡することはさしひかえ、診察当日の翌三〇日午前七時頃に原告ら方に赴き、原告ますよに、「精神衛生鑑定医宮内康雄が同日午前一〇時頃自宅で診察してくれる。」旨伝えたところ、同原告は国費で入院治療が受けられるとすれば結構なことだと喜んでいたこと、ところが、天理教を信仰していた原告ますよは原告春義を精神病院へ入院させた方がいいかどうかについて尋ねるため、同日午前八時すぎ頃から天理教の信徒である太田チヨ方を訪れたため、前記宮内鑑定医が同日午前九時頃前記野沢保健係長、同坂野、同浅井、木曽岬村村長、同村住民課長、木曽岬村駐在所警察官、看護人等とともに原告ら方を訪れた際には不在であつたこと、一方、右宮内鑑定医、同野沢保健係長は、原告春義に原告ますよの行方を尋ねたが、要領をえなかつたので、右坂野、同浅井に近所を探させたが、結局同原告の所在がわからなかつたところ、右坂野、同浅井は平素から原告ますよに原告春義の精神病に関して種々の相談を受け、特に、前記の如く、原告ますよは国費で入院治療が受けられるとすれば結構なことだと喜んでいたことから、自分達が立会いのうえで右宮内鑑定医の診察を受ければ原告ますよには何ら異議なく、むしろ喜んでくれるものと考え、右宮内鑑定医、同野沢保健係長に自分達が立会うから原告ますよ不在のまま診察してもらいたい旨希望を述べ、右野沢保健係長は、やむをえないと判断し、右宮内鑑定医に原告ますよ不在のまま原告春義を診察させることとし、右宮内鑑定医は、同日午前九時一〇分頃から同一一時三〇分頃までの間に、原告春義を問診するとともに、右の坂野、村長、住民課長、警察官らから事情を聞いた結果「原告春義は昭和二六年頃から精神に変調を来たし、数回精神病院に入院して治療を受けていた者であつて、昭和三四年頃に退院してからはそれほど重い症状は呈していなかつたが、最近になつて精神症状がひどく悪化し、夜間大声で怒鳴つたり、他人に乱暴したり、火をつけてやる等と暴言を吐いたりし、最近数力月間には、暴行、放火、徘回、家宅侵入等の問題行動が見られ、右診察時にも幻覚、妄想等の精神分裂病独特の症状を呈しており、このまま放置すれば今後も右のような問題行動を起こすおそれがある者であり、結局同原告は精神衛生法第二九条にいわゆる『精神障害者であり、且つ医療および保護のため入院させなければその精神障害のために自身を傷つけまたは他人に害を及ぼすおそれがある』者に該る。」と診断し、その旨右野沢保健係長を介して三重県衛生部に報告するとともに、その場で原告春義に対して、病院へ行つて診察を受けてはどうかと話しかけ、同行を求めたところ、同原告は興奮して立上がり、右宮内鑑定医につかみかかろうとしてきたこと、そこで右宮内鑑定医と前記野沢保健係長は、その場に立会つていた前記浅井、同坂野らに右診断の結果を説明し、その処置について相談したところ、同人らが「何とか入院できるよう取りはからつてもらいたい。」旨希望したこともあり、協議のうえ、原告春義の興奮をしずめるため睡眠剤を注射して東員病院へ連行することとし、前記浅井、同坂野に対し、「措置入院にするかどうかをきめるにはもう一度他の医師が診察することが必要であり、その診察の結果が一致した場合に初めて措置入院の手続をとることが可能になるのであるから、原告春義を東員病院へ連れていつて診察をする。その旨原告ますよに伝えてほしい。」と依頼し、原告春義にイソミタール(睡眠剤)を注射して眠らせたうえ東員病院へ同行したこと、右依頼を受けた右浅井は原告ますよが間もなく帰るものと考え、原告ら宅で同原告の帰りを待つたが、同原告の帰るのが遅かつたので、自宅にて昼食をとり、同日午前一二時頃原告ら宅に立戻り、帰宅していた原告ますよに対し、原告春義は、原告ますよの不在中に宮内鑑定医の診察を受けた結果、入院の要否を決めるため、もう一度東員病院で診察をする必要があるとのことで東員病員へ連れていつてもらつた旨伝えたところ、原告ますよは右処置を感謝するとともに、右浅井に対し、「子供が学校へ行つておるので外出すると家が留守になり自分が行くわけには行かないので、原告春義の下着のかえを持つていつてほしい。」と依頼したこと、前記春本鑑定医は同日午後三時頃から同四時頃までの間に原告春義を問診し、「同原告は昭和二六年頃精神分裂病を発病し、数回にわたつて精神病院に入院して治療を受けていたところ、昭和三四年に退院した後はそれほど重い症状を示してはいなかつたが、時々興奮しては人を叩いたり器物を破壊したり、あるいは自殺を企てたりしていたが、最近その症状が悪化し、最近数カ月間には、暴行、自殺企図、器物破壊、徘回、家宅侵入等の問題行動が見られ、右診察時にも幻覚、妄想、自閉、感情の純麻冷却、無為等の精神分裂病の症状を呈しており、このまま放置すれば、今後も右のような問題行動を起こすおそれがある者であり、結局同原告は精神衛生法第二九条所定のいわゆる『精神障害者であり、且つ医療および保護のため入院させなければその精神障害のために自身を傷つけまた他人に害を及ぼすおそれがある』者に該る。」と診断し、その旨三重県衛生部に連絡したこと、三重県衛生部では右各精神衛生鑑定医の報告に基き原告春義には精神衛生法第二九条第一項に基く入院措置が必要であると判断し、電話で前記野沢保健係長に「原告ますよに対し原告春義の入院命令を発したから、その旨原告ますよに連絡するよう。」伝えたこと、右野沢保健係長は同日午後四時過ぎ頃、原告ますよの依頼により原告春義の下着を届けるために東員病院へ赴いた前記浅井に、「原告春義は東員病院へ措置入院させることになつたから、その旨ますよに伝えてほしい。」と依頼し、右浅井は同日午後六時三〇分頃、原告ますよにその旨を伝えたことが認められる。右認定に反する証人矢田正子の証言により成立の認められる甲第二号証、証人矢田正子の証言、原告伊藤ますよ本人尋問の結果の一部は信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三、右認定の如く、本件入院命令当時、原告春義は、精神衛生法第二九条の精神障害者でかつ「自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれ」があつたのであり、また三重県知事は、精神衛生法第二七条に基き、精神衛生鑑定医二名の診察を経たうえ、右各鑑定医の「原告春義は精神病者であり、また『自身を傷つけ又は他人に害を及ぼすおそれ』がある」との一致した鑑定結果に基き本件入院命令に及んだものであり、この点に関する原告らの主張は理由がない。

次に、精神衛生法第二八条には「都道府県知事は、前条第一項の規定により診察をさせるに当つて現に本人の保護の任に当つている者がある場合には、あらかじめ、診察の日時および場所をその者に通知しなければならない。」旨規定し、同法施行細則(昭和二九年六月一日三重県規則第二九号の一)第五条には「法第二八条による診察の通知は第四号様式によらなければならない。」旨規定して、右通知は一定の様式を備えた書面によるべきことが要求されているところ、三重県知事が原告春義の保護義務者である原告ますよに対して、右の如き書面によりその通知をしなかつたことは被告において自認するところであるから、この点において手続上の瑕疵があるといわざるをえない。

しかし精神衛生法第二八条が診察の日時、場所を保護義務者に通知すべき旨を定めた主な趣旨は、保護義務者に診察に立会う機会を与えることにあり、前記同法施行細則が右通知を一定の要式を備えた書面にてなすべき旨を定めた趣旨は、主として右通知の内容(診察の日時、場所)を保護義務者に正確に知らしめ、万が一にもその内容を誤解して立会う機会を奪うようなことがないようにすることにあると解されるところ、前認定の如く、宮内鑑定医の診察については、三重県知事(三重県衛生部)は、桑名保健所吏員、木曽岬村役場吏員、前記浅井、同坂野を介し、口頭ではあるが、昭和四〇年一一月三〇日午前七時頃、原告ますよに対し「精神衛生鑑定医宮内康雄が同日午前一〇時頃から原告ら宅で原告春義を診察する。」旨通知し、原告ますよは右通知の内容を十分に了解したことが認められるのであつて、しかも原告ますよはこれを承知でその立会いをしなかつたのであるから、本件宮内鑑定医の診察につき前記の如き書面による通知がなされなかつたからといつて、それ故に原告ますよの診察に立会う機会を奪つたことにはならず、また、春本鑑定医の診察についても、前認定の如く、三重県知事(三重県衛生部)は、浅井を介し口頭で、昭和四〇年一一月三〇日午前一二時頃原告ますよに対し「原告春義はもう一度病院で診察をする必要があるので東員病院へ連れて行つてもらつた。」旨伝えさせたにすぎず、しかも右通知には診察時間が特定されていない点において不十分なものとの謗りは免れないが、前認定の如く、原告ますよは、その際右浅井に対し「子供が学校へ行つており、自分が外出すると家が留守になるので、東員病院へ行くことができない、代りに下着のかえを持つて行つてもらえないか。」とさえ述べていたこと、同日午前中に自宅でなされた宮内鑑定医の診察にも、容易に立会いうるのに立会わなかつたことをあわせ考えると、原告ますよは右春本鑑定医のなした診察については、その立会権を放棄していたものとみるのである。

従つて、右診察についても前記の如く書面による通知がなされず、かつ、口頭でなされた通知内容も十分意をつくしていると認めがたいからといつて、原告ますよの右診察に立会う機会を奪つたことにはならないものというべきである。

そうすると、宮内、春本両医師の診察に当つての通知方法が前記細則所定の様式をもつてなされなかつたからといつてこのことをもつて右両医師の診察そのものまで違法であつたとはいいえず、従つてこれに基く本件入院命令もまた違法のものであつたとはいえない。

さらに原告らは、精神衛生法第二九条に基き精神障害者を入院させるには保護義務者に入院命令書を交付しなければならないのに、原告ますよは昭和四一年一月三日に至つてようやく入院命令書(甲第一号証)を交付され、そのとき初めて本件入院命令が出されていたことを知つたのであつて、本件入院命令はこの点にも瑕疵があると主張するところ、原告ますよに入院命令書が交付された日時が昭和四一年一月三日であつたことは当事者間に争いがなく、而して前記施行細則は第六条に「知事は法第二九条第一項の規定により精神障害者を入院させようとするときは、第五号様式による入院命令書をその保護義務者に交付しなければならない、但し急迫の事情があるときは入院命令書の交付に先立つてその障害者を入院させることができる。」旨規定し、成程入院命令は一定の様式に従つた書面によることを原則としてはいるが、しかし事柄の性質上急迫の事情あるときには、入院命令書の交付に先立つて精神障害者を入院させる臨機の処置を認めている。本件の原告春義の場合は、前認定の症状に鑑み、本件入院命令は右の急迫を要する場合に当るとみうるから入院命令書の交付と入院措置とが前後したからといつて、これが違法とされる謂われはなく、また該命令書の交付が一ケ月余り遅れた点についても前認定の如く原告ますよは昭和四〇年一一月三〇日午後六時三〇分頃、三重県知事(三重県衛生部)から前記浅井を介して口頭ではあるが「春義は同日付で措置入院を命ぜられ、東員病院へ入院させられた。」旨の通知を受けていたこと、右通知には、命令書に記載せらるべき病院の所在地や入院期間までは表示されていないが、証人浅井清治の証言によると原告ますよは東員病院の所在地を知悉していたこと、従つて原告春義の入院予定期間についても原告ますよがこれを知りたければ容易に知りえたものと認められること等綜合勘案すると、右の如く入院命令書の交付が入院措置後一ケ月余り遅れたことは好ましいことではないが、それ故をもつて本件入院命令が違法であるとは到底いえない。

四、以上の次第で本件入院命令について、原告らの主張するような違法は認めがたく、また他に本件入院命令が違法であることを認めるに足りる事由は本件全証拠によるも窺えないから、本件入院命令は違法でないというべく、他に特段の主張および立証のない本件では、右入院命令に基く入院措置もまた何ら違法でないといわざるをえず、従つてその余の点について判断するまでもなく、本件入院命令およびそれに基く入院措置が違法であることを前提とする原告らの本訴請求は失当として棄却を免れない。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山忠雄 寺本栄一 坪井俊輔)

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